HIZA-GAR
PHOTOGRAPHER
1980年福島県いわき市生まれ、松坂世代。
専門卒業後、憧れのカメラマンに師事。そこで泥水をたっぷり飲んで地元へ戻る。出版社・広告代理店・飲食店広報を経てフリーに。カメラマン・デザイン・ライターなどを一人でのんびりと。甘酸っぱい思い出が残る街「三茶」に再び住み始めたのが、2011年の春。しかし東京〜いわきは意外と近いので、地元での撮影も継続中。同郷であるASA-CHANGのプロジェクトのサポートやa-bridge×いわきのイベント「chocolan chocolan」に参加。兄3人、完全なる末っ子気質。中高一貫してソフトボール部でDH、打撃だけは自信あり。好きなものはレバ刺し、プロレス、喫茶店。たまにACADEMIC ANIMAL関連のライブ撮影というか、帰路の運転手として暴走。
はじめまして。

はじめまして。HIZAです。


とても恐縮しております。
お声をかけていただき、ありがとうございました。

オサレなことは書けないので、
この目線のまま、生々しく書いていこうかと思います。
地元、福島県いわき市のことも書いていきます。
私の大好きな街です。どうぞ、よろしくお願いします。


兄3人の影響か、
幼少期は「女の子」として可愛らしく育つよう
母セレクトにより、バレエやらピアノやらを習っていました。

やる気のなさは、写真から伝わるかと思いますが
11歳の頃、女子プロレスに心を簡単に奪われてしまい
母の「女の子計画」は、あっけなく終わってしまったのであります。

身に付いたものはバレエで取得した「ガニ股」ぐらいです。


しかし、プロレスは私に夢を与えてくれました。


その時から「写真」に興味をもち
夢は女子プロレスラーから週刊プロレスのカメラマンに変わり
撮影するものは変わりましたが写真への興味だけは薄れることなく31になりました。

あのままバレエを続け宝塚に入団していたら
みなさまと出会えなかったような気がするので
やっぱり好きになった「プロレス」に深く感謝をし、
そろそろa-bridgeにお邪魔するようになった、経緯を。

あ、その前にMuKumagazineに出会ったのは
地元いわき市にある、burrowsにて。福田さんに教えてもらいました。

そりゃ~、も~、東京の香りがしました。
「a-bridgeって三茶にあるカフェの方が出している」との話も聞き
自分には遠く、とっても憧れを抱いたことを今でも覚えております。

そのまま2~3年の月日は流れ、
a-bridgをほんの少し近くに感じ始めたのは、今年の春。

いわきからの引っ越しも半端な状況でしたが
同郷のASA-CHANGに誘われて、ごはんに行きました。
そこに!登場したのが「ザ!都会の男・ナポさん」でございました。


その日から、あっという間だったような気がします。


紹介してくれたASA-CHANG、
舘さん、房子さん、ナポさん、平間夫妻、イナさんの輝かしい点と点がつながり
気が付いたら、ナポさんがいわきにあるライブハウスでMCとして舞台に立っておりました。


「ASA-CHANGレッスン」presents タブラボンゴDAY in SONICいわき

前夜祭
http://d.hatena.ne.jp/HIZA-GAR/20110521


当日の様子
http://d.hatena.ne.jp/HIZA-GAR/20110522


これは5月のこと。
10月にはa-bridg×いわきということで、お寺などでイベントも開催しました。


chocolan chocolan
http://lathocidesign.net/photo.html


初回なので、この辺で。

「いわき」のこと、ひと、またゆっくり書きます。


IMG_4006.jpg

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